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月は昇りぬ  Der Mond ist aufgegangen

ドイツのヒルデおばあちゃんの思い出話を綴っています。

忍び寄る影

 

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1940年、長男フランツが誕生した。

写真の母に抱かれたフランツは生後半年、コロコロと太った愛想のよい子で、夫も私もこの子に夢中だった。

母はそのムチムチしたフランツのほっぺたにキスしたり頬ずりしたりしながら、よく古い民謡「月は昇りぬ」を歌っていた。

月は昇り 金の星は輝き

空は明るく澄みわたる

森は黒く黙りこみ

草原には神秘的な白い霧がたちこめている

なんと静かな世界だろう

夜明けのベールに包まれて

それは優しくいとおしい

まるで居心地のいい小さなお部屋みたい

たとえどんなに辛い日であっても

眠り、それを忘れなさい

母の優しい歌声に、フランツはたちまち眠りにおちていく。

 

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フランツが洗礼を受けた聖アンネ教会。17世紀に建てられたこのプロテスタント教会は、残念ながら戦争末期、ソ連軍によって木っ端微塵に破壊されてしまった。

 

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これは私達の最初の住居。右は私達を訪ねて来た兄のワルター。

二部屋にリビング、小さなキッチンの付いた質素なアパートだったけれど、緑豊かな環境で子供を育てるには理想的だった。

私は仕事をやめ、専業主婦となった。ヒトラーが理想とする女性像は、結婚後は家に入り、できるだけ多くの子供を産むことであった。私は掃除、洗濯は好きではなかったけれど、料理は母仕込みで苦ではなかった。

魚市場で買ってきた新鮮なヒラメやタラをバターでソテーしたり、細かく切ったニシンの酢漬け、きゅうりのピクルス、茹でたじゃがいもをサワークリームで和えたり。ケーニヒスべルガー・クロプセはフーゴの大好物だった。肉団子のホワイトソース煮にレモンとケッパーをたっぷり入れる東プロイセンの名物料理なのだが、ケッパーもレモンも当時は高価だったので、細かく切ったきゅうりのピクルスと酢を代用した。ホクホクのじゃがいもを付けてテーブルに出した時のフーゴの嬉しそうな顔を見たくて、しょっちゅう作ったものだ。

 

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私より二年早く結婚していた姉ロッテは、フランツより一年前にギゼラという女の子を出産しており、私の両親はいっきに二人の孫が出来て幸せそうだった。 この写真の左がギゼラ、右がフランツ。栄養状態が良すぎたのか、二人ともプクプクに太っている。

 

幸せな毎日が続く一方で、ドイツのユダヤ人迫害はますますエスカレートしていった。

東プロイセンに最初のユダヤ人が移住してきたのは14世紀半ば頃だった。その頃、ヨーロッパ中でペストが猛威を振るい、ヨーロッパの人口の3割が死亡したと言われている。その際、ユダヤ人の罹患率が極端に低かった為、ユダヤ人が井戸に毒を入れたせいだ、という噂が流れた。ユダヤ人が感染しなかったのはキリスト教徒よりも衛生観念が発達しており、消毒法を知っていたからだと言われている。しかし西ヨーロッパに住む多くのユダヤ人が虐殺され、居住区は焼き討ちに会い、ここ東プロイセンに逃げてきたのだった。

また、20世紀初頭にロシアでユダヤ人大虐殺があり、多くのユダヤ人がドイツに移住した。

この小さな町エルビングにも戦前は500人ほどのユダヤ人が住んでいた。そのほとんどが富裕層で、大手のデパートはユダヤ系であったし、ヨーロッパで最も有名なタバコと葉巻のメーカー、レーザー&ヴォルフ社はエルビング出身のユダヤ人が設立した大企業であった。

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このエレガントな1800年頃の貴婦人が描かれたタバコ50本入りの缶は当時大人気であった。

 

なぜユダヤ人は差別されたのか。

それは彼らの経済的豊さへの妬みが大きかったように思う。私達とは違う宗教を持ち、異なる生活習慣を持つ得体の知れない人々。それなのに、なぜ彼らは金持ちなのだ?ヴェルサイユ条約で義務付けられた多額の賠償金、それに加えて二十年代の大恐慌で、ヒトラーが政権を取るまではドイツ経済は破綻していた。私達が貧しい生活を強いられているのにも拘らず、ユダヤ人たちは相変わらず裕福だ。私達は不幸の原因をユダヤ人の中に探し出そうとしていた。ナチスが台頭する以前から、一般市民の心の底にはふつふつとユダヤ人への妬みと蔑みが宿っていた。ペスト菌をばら撒いたとデマを流した中世からユダヤ人はスケープゴートにされ続けてきたのだ。

だからと言って、積極的に差別するということもなかった。ユダヤ人の市議会議員もいたし、ユダヤ系の店もデパートも繁盛していたし、ユダヤ人のダンサー、俳優、歌手も人気があった。

それが三十年代になってナチスのアンチユダヤ政策が始まり、私達のユダヤ人に対する観念は「得体が知れない者」から「邪悪な守銭奴」へ、果てには「ドイツ民族の栄光を脅かす悪魔」へと変化していった。まさしくシェイクスピアの『ヴェニスの商人』に描かれたユダヤ人の金貸しシャイロックがユダヤ人のイメージであった。強欲で非情な民族、ユダヤ人。

ユダヤ人の経営する店の窓には「ユダヤ人の店では買うべからず」とペンキで書かれ、劇場、公園、娯楽施設などではユダヤ人の入場は禁止となった。ユダヤ人の医師は、ユダヤ人しか診療を許されなくなり、ユダヤ系の企業はタダ同然で売りに出された。

 

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これは私の義父、つまりフーゴの父と27歳の弟ハンス。

ハンスは腕のいい歯科医で、その明るい性格からもクリニックは繁盛していたが、次第に物思いに沈むようになり、口笛も吹かなくなった。

恋人はいるのかいないのか。以前は女性に人気があったのに、ここ数年、浮ついた話は聞いていない。

「恋人?いないよ。いま結婚なんかできるわけないだろう?」

「どうして?」

「どうしてって、そのうち兵隊にとられるんだ。死ぬかもしれないのに、結婚してどうするのさ。」

ぞっとした。本当にそんな日が来るのだろうか。でも来たとしても大丈夫、ドイツ軍は最強だ。どんどん侵攻して占領していくだけ。戦死なんてありえない。

 

1939年、ユダヤ人商店が襲撃に会い、シナゴグ(ユダヤ教会)が放火されると、500人以上いたユダヤ人たちはエルビングの町からいつの間にかいなくなってしまった。

「あの人たちはどこへ行ったのかしらねえ。」

ハンスはもう何も答えなかった。

 

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左からハンス、母、ワルター。最後の平和な時を楽しんでいる。

ドイツ軍はノルウェー、デンマーク、フランス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグに次々と侵攻、占領していき、国民の士気はますます高揚していった。

そして1940年、ハンスの予言が現実となり、私の夫フーゴ、ハンス、ロッテの夫ヨハンに召集令状が届いた。