月は昇りぬ  Der Mond ist aufgegangen

ドイツのヒルデおばあちゃんの思い出話を綴っています。

エルビングでの青春時代

 

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 人生で最も幸せだったのはいつ?と聞かれたら、私は迷わず答えるだろう。二十代、つまり1930年代だ。

この写真は私(前列左から二番目)がまだ二十代半ばだったころだ。右隣は姉のロッテ、後列左の女性は、学校時代からの親友アニーだ。戦後、私が東ドイツ、彼女は西ドイツと離れ離れになってしまってからも友情は途切れることはなく続き、彼女はせっせと私達に西ドイツ製の物資を送ってくれた。底抜けに明るく、友情に厚い女性であった。

週末、時には平日の午後、この仲の良い友人たちでボートに乗り、歌い、ハイキングを楽しんだ。

当時の私達はとにかくよく笑った。母が言っていた「辛いときこそユーモアを探す」作業など、全く必要とせず、毎日が楽しく、充実していた。

 

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これは1932年、エルビングの市制700年記念祭の時の写真である。中世の騎士達のパレードというのどかな風景とは裏腹に、ハーゲンクロイツ(ナチスの鉤十字章)がはためいているのがご覧いただけるだろう。

ヒトラーが首相に任命されたのは1933年だが、それ以前にナチス党はエルビング市議会第一党の地位を保持していた。

元々はポーランドにあったドイツ帝国の飛び地である。特殊な地理的条件は人々をより愛国的に保守的にしていった。私達、東プロイセン人は、ドイツでも最も誇り高いドイツ人であったと思う。

だからナチス党が第一党に選ばれても、何の不思議もない。

特にヒトラーが首相になって以降、いいことずくめだったのだ。第一次大戦後にはドイツ全国で700万人に膨れ上がっていた失業者が、アウトバーン、オリンピック競技場、巨大保養施設建設といった公共事業によってほとんどゼロとなった。充実した社会保障と福祉、そして劣悪だった労働条件が著しく改善されたことで、生産力も高まっていった。

この小さな町エルビングにも近代的な飛行機工場が建設され、同時に設備の整った学校が増え、道は舗装され、博物館、美術館、病院、娯楽施設などが次々と出来上がっていったのだから、ナチス党を非難する人は誰もいなかった。

ヒトラーの人気がどれほどすごいものだったのか。私はヒトラーを実際に見、その演説を聞いている。

 1935年11月、ヒトラーがエルビングに遊説にやって来た。

それは雲ひとつない寒い日で、町中に鉤十字の旗がはためいていた。

私は一時間も前から姉のロッテや友人たちと市役所前のマルクト広場で我らが総統の到着を今か今かと待っていた。広場にはエルビング市民のほとんどが来ていたのではないだろうか、何万人という人がひしめき合い、とにかくすさまじいひといきれであった。

突然、どこからともなく大歓声が上がった。総統が広場に到着したらしい。

どこにいるのだろう?私達は背を伸ばしたりピョンピョン飛び上がったりして彼をひとめ見ようとするのだが、とにかくすごい人である。

すると、私達の10メートルほど前を、軍服を着た側近たちと共に歩いていくチョビ髭の男がいる。茶色いシンプルな軍服に黒いベルトとブーツ、ポマードで七三に撫で付けた黒い髪。我らが総統、アドルフ・ヒトラーではないか!写真で見るとおりだ。左手を後ろに回し、ゆっくりと演説台の方に向かい、今まさしく私の横を通り過ぎようとしている。

私は感動し、「ハイルヒトラー!!!」と甲高い声で叫ぶと、ヒトラーはびっくりして私の方を振り向き、微笑んで手を上げた。総統が私を見た!私に微笑んだ!周りの友人達が私を肘でつつき、「なんてこと!ヒルデ、総統があなたを見たわよ!」と騒いだ。私は興奮し、顔が真っ赤になった。周りを見回しても皆、満面の笑みでハイルヒトラーを叫び、泣いている人もいる。

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ヒトラーは壇上に上がると、人々の興奮冷めやらぬ歓声の中、感慨深い顔つきで腕を組み、うつむき加減で立っている。その風貌はまさしく哲学者だ。我々ドイツ国民の誇りと幸福を追求し続ける無私の賢者だ。私は感動し、涙がこみ上げてきた。

やがて聴衆は水を打ったように静まり返る。総統はなぜ話さないのだ?いつ話し始めるのだ?

ヒトラーは顔を上げ、一点を見据え、静かにゆっくりと話し始める。

その演説は、交響曲の演奏会そのものであった。最初はピアニッシモのアダージョで始まった。

「諸君に問う。あの忌まわしいベルサイユ条約、そして大恐慌。我々が強いられてきたあの屈辱を覚えているだろうか?」

畳み掛けるように私達に問いかけていたのが、やがて精神の高揚と共にフォルテのアレグロに変わってくる。

「ドイツ人の高邁な精神を世界に知らしめよう。我々はヨーロッパの、いや世界の頂点に君臨する選ばれた民族なのだ!」

拳を振り上げ、フォルテッシモへプレストへ!テンポを上げ、ボリュームを上げて彼は叫びだすのだ。

ドイツの栄誉のために!ドイツの繁栄のために!

ドイッチュランド!ドイッチュランド!私達は興奮し、感動し、涙を流す。なんという素晴らしい指導者!

ハイル!ハイル!ハイル!

感動した何万人もの人々が一様に右手を挙げて合唱する。

 ヒトラーは国民が何を聞きたいのかを知っており、人を惹きつける話し方を熟知していた。戦後、何度も記録映画でヒトラーの演説シーンを観たが、あの臨場感、緊迫感、粋な間の取り方、熱情的な演出は記録映画では伝わってこない。彼は超一流の弁士であり、そのカリスマ性はすさまじいものであった。

興奮冷めやらぬ中、帰宅すると弟のハンスがすでに帰宅していた。彼は当時まだ大学生だった。

私が総統に叫んで振り向かせたこと、素晴らしい演説で泣いてしまったことを意気揚々と話して聞かせた。

ハンスはビールを飲みながら、私の話を聞いているのかいないのか。呆然と宙を見たままだ。いつもなら冗談を言ったり口笛を吹いたり茶化したりして笑い合うのに、この時のハンスはまるで違った。

私の興奮した声をさえぎって、静かに言った。

「姉さん、あのチョビ髭野郎は危険だよ。」

ハンスが何を言っているのか、意味がさっぱりわからない。

「あの男はとんでもない悪魔だよ。ドイツを奈落の底に突き落とすかもしれない。いやドイツだけじゃない。ヨーロッパ全体をだ。」

ハンスは酔っているのだ。きっとそうだ。眼が潤んでいるし、疲れたときに良く出る目の下のクマも目立っている。

「何言っているの?総統は立派な方よ。ドイツ経済を立て直し、治安を良くてくれたわ。ここ数年でどんなに住みやすくなったことか。バカンスなんて昔は夢だったのに、みんなが国民宿舎で格安のバカンスを庶民も楽しめるようになったのよ。」

ハンスは私をまっすぐに見た。

「姉さん、だまされちゃいけない。それも全部彼らの戦略なんだよ。プロパガンダなんだ。選ばれた民族だなんて、傲慢も甚だしいよ。」

その声は怒りに満ち、震えていた。

「ハンス、どうしたの?大丈夫?」

「ユダヤ人たちは殺されるかもしれない。」

つい数ヶ月前、ユダヤ人とアーリア人との結婚を禁止し、ユダヤ人の公民権を剥奪するニュルンベルグ法が制定されたばかりであった。

「僕は怖いんだよ、姉さん。」

ハンスの青ざめた顔。興奮すると緑色に光る目は、悲しみに満ちている。こんなハンスは初めてだった。

やがて他の家族が帰宅し、この会話は終わった。 

 

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のどかで平和な日々は続き、私は恋をした。

ボートクラブのメンバーだった私は、他のクラブとの親睦会で二歳年上のフーゴと出会った。これはその時の写真だ。上段右から二番目が私、その右下の白いワイシャツ姿の男がフーゴである。当時は税理士事務所に勤務する税理士だった。

よく笑う明るい人で、どことなくハンスに似ている。そのせいか緊張せずに素のままの自分でいられる、居心地のいい人だった。フーゴも同じように感じていたらしく、私達はデートを重ね、誰もが認める恋人になった。

 

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これはフーゴが撮ったボートを漕ぐ私。

 

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付き合い始めて半年ほど経ったある日、私達は美しい貯蔵庫が並ぶ運河沿いの小道を歩いていた。フーゴは私をそっと抱き寄せ、私達は初めてのキスをした。それは天にも昇る素晴らしい瞬間で、しばらくは頭の中に春風が吹き、花が咲き乱れるような感覚が続いた。

この頃、ユダヤ人の住居、シナゴーグ(ユダヤ教会)が放火され、商店のガラスは割られるという水晶の夜事件がエルビングでも発生していたが、私達はどこ吹く風と恋に舞い上がっていた。

 

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1939年4月、私達は結婚式を挙げた。幸せの絶頂期だ。物資豊かな時代で、美しいウェディングドレスもヴェールもエルビングで一流の有名店であつらえたものだ。

この四ヵ月後、ドイツ軍はポーランドに侵攻し、制圧。国民は盛り上がり、ナチスはますます人気を高めていくのだった。

そしてまた私達も、この幸せは永遠に続くものと思い込んでいた。

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